Oliver Thomas Klein

英・ガーディアン紙がえらんだ2016年のcookbookベスト20

第2回:レジェンド料理人たちと中東和平のシンボル

Junicci Hayakawa / 早川 純一
ククブク
Published in
8 min readFeb 21, 2017

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英ガーディアン紙が選んだ、2016年のフード関連書籍ベスト20。

前回の続きなので前置きはやめにして、さっそくそのうちの5冊をご紹介していきましょう。

Pierre Koffmann『Classic Koffmann』(Jacqui Small)

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イギリスで最も影響力のあるシェフ、ピエール・コフマンの50年にわたる料理人生を振り返るcookbookが『Classic Koffmann』。

フランス生まれの彼は1970年に渡英し、77年に自らの店「ラ・タンテ・クレール」をロンドンのチェルシー地区にオープン。

店は6年後にミシュランの3つ星を獲得し、88年にはロンドンのザ・バークレーという高級ホテル内に店を移転。このまま順風満帆の人生を歩んでいくように思われた。

しかし2003年、コフマンに人生の転機が訪れる。最愛の妻の死をきっかけに、失意の彼はレストラン「ラ・タンテ・クレール」をたたんでしまうのだ。

その後しばらく彼は料理とつかず離れずの距離を保っていたものの、2009年のフードフェスで10日間限定のポップアップレストランを開催。

そのとき、人びとが彼に「ラ・タンテ・クレール」のような古典的なフランス料理を求めていることに気づき(10日間限定だったレストランは、最終的に2か月も続いたのだそうだ)、2010年に再びザ・バークレー内に、故郷のガスコーニュ料理を売りにする「コフマンズ」という店をオープンした。

コフマンといえば豚、豚といえばコフマン

その「コフマンズ」も残念ながら昨年末に閉店してしまったが、このcookbookは、そんなコフマンのスペシャリテである「豚足の詰め物」や「ピスタチオのスフレ」など、100種類以上のレシピが掲載された保存版となっている。

ちなみに本書の写真を担当しているのは、英国随一の料理写真家のデイヴィッド・ロフタスですぞ。

Eugénie Brazier『La Mére Brazier』(Modern Books)

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「ラ・メール・ブラジエ」というのは、フランスのリヨンにある大衆食堂の名前。あのポール・ボキューズが、戦後すぐに修行していたことでも有名なお店なのだ。

著者のウジェニー・ブラジエは、その店を取り仕切っていた伝説の女性シェフで、ミシュラン3つ星を最初に獲得した女性シェフとしても知られている。

なかなかの貫禄。

彼女は1977年に死去し、その後、彼女の功績は書籍としてまとめられていくのだが、英語への翻訳は2016年9月の本書の発売を待たなければならなかったという、待望のcookbookとなっている。

リヨン名物の「喪服を着たブレス鶏(皮の下につめこまれたトリュフが、透けて黒く見えるのでこう呼ばれている)」や、「ロブスターのオーロラソース和え」など、300以上のレシピが掲載された決定版的cookbookだ。

Yotam Ottolenghi and Sami Tamimi『Ottolenghi: the Coookbook』(Ebury)

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ベジタリアンの流行という文脈もあって、意外と最近多くのcookbookが出版されているのが、中東料理。

本書は、それまで赤ワインとステーキしか食べていなかったロンドンっ子たちに、野菜中心のヘルシーな料理を教えたと言われているイスラエル人シェフ、ヨタム・オットレンギのcookbookだ。

エルサレムで生まれ育ったオットレンギは、テルアビブ大学で哲学と比較文学を学んだのち、1997年に渡英。

ロンドンのル・コルドン・ブルーで半年間料理を学んだあと、彼はペストリーシェフとして修行を重ね、チェルシー地区の「ベーカー・アンド・スパイス」で、本書の共著者であり、現在の共同経営者であるパレスチナ人の(!)サミ・タミミと運命の出会いを果たす。

すっかりと意気投合したふたりは、2002年、ノッティングヒルに「オットレンギ」というデリをオープン。

その後も市内にレストランとデリを展開していき、2011年にソーホー地区にフュージョンレストラン「ノピ」をオープンすると、これが中東和平の可能的未来を象徴するレストランとして大々的に取りあつかわれたこともあって、数々のレストラン賞を受賞し、いまに至っている。

『Ottolenghi: The Cookbook』より

音楽ソフトで言えばセルフタイトルアルバムとなる本書『Ottolenghi』は、2008年にアシェットから発売された同名のcookbookのリブート版で、およそ140種類のレシピが掲載されています。

Shaun Hill『Salt is Essential』(Kyle Books)

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このcookbookの著者ショーン・ヒルも、先ほどのピエール・コフマンと同様にイギリスの料理界でこの道50年の、ベテランシェフのひとり。

現在ウェールズ南部のアバーガベニーにあるレストラン「ザ・ウォルナット・ツリー」でヘッドシェフを務めているヒルは、北アイルランドのベルファストで生まれ、ロンドンで育ったという、まさにミスター連合王国な人物なのである。

1966年にロンドンのロバート・キャリアの店で料理人としてのキャリアを始めた彼は、80年代の地元の食材を重視するモダン・ブリティッシュ・フードの流れの中で頭角をあらわし、ブルーチーズの産地として有名なシュロップシャー州ラドローの「ザ・マーチャント・ハウス」というレストランで、世界的な名声を獲得した。

「塩はなくてはならないもの」という意味のこのcookbookでは、そんなヒルが50年のキャリアを通じて培ってきた知識と経験を惜しげもなく披露していて、「ベジタリアン料理が常に理想的というわけではない」「ブダペストは貪欲な人にとってのパラダイス」などと題された9つの章立ての中で、スウェーデンの代表料理である「ヤンソンの誘惑」から「ケーララ風フィッシュカレー」まで、幅広く家庭料理を紹介してくれている。

「ヤンソンの誘惑」はスウェーデンの伝統的なポテトグラタンです

José Pizarro『Basque』(Hardie Grant)

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スペインの北部、フランスとの国境に位置するバスク地方は、住民の血液型のほとんどがRH-だったりする、民族的にも文化的にも特異性の高い地域。

食文化に関しても同じことが言えて、バルで楊枝をつまんで食べるおつまみ「ピンチョス」や、バルをはしごする習慣「チキテオ」、男たちがこぞって加入する美食会「チョコ」などの存在が、食文化に興味がある世界中のひとにとって、バスクをいっそう魅力的な地方にしているのだ。

ロンドンに15年以上在住し、数軒のスペインレストランを経営している料理人、ホセ・ピサロの手による本書『Basque』は、そんなバスク地方の料理のレシピを、人々の生活ぶりを収めたたくさんの写真とともに紹介するcookbook。

タラや唐辛子、ジャガイモやリンゴ酒などを使うバスクの伝統料理のポイントを押さえつつ、毎日の家庭料理でそれらを手軽に作ることができるようにアレンジメントされている心配りが印象的な1冊だ。

なお、今年の10月には続編である『Catalonia: Spanish Recipes from Barcelona and Beyond』も発売される予定で、カタルーニャ料理に興味があるぼくとしては、こちらのcookbookも目下期待しているところです。

では、第3回に続きます。

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ライター、フォトグラファー。わかさいも本舗さんのウェブサイトのコピーなど。海外の料理本を紹介するサイト「ククブク」は現在お休み中。ロン・パジェットの詩を趣味で訳してます。プロフィール画像は有田カホさんに描いていただきました。