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境界線はどうやって引けばいいの?

国じゃない国の料理に光をあてるcookbook その1

Junicci Hayakawa / 早川 純一
ククブク
Published in
7 min readFeb 19, 2019

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イスラエル料理。

いま、流行っていますよね。

でもイスラエルって、1948年に建国された国ですよね。

たかだか70年の歴史で、「イスラエル料理」と呼ばれるものが成立しうるんでしょうか?

ぼくが好きな作家のひとりに、イスラエル出身のエトガル・ケレットというひとがいます。

5年ほど前、彼の講演を母校に聴きに行ったとき、「イスラエルはフィクションから立ち上がった国」と言っていたのが非常に心に残っています。

フィクションには「小説」という意味と、「作り話」という意味がありますよね。

もしかしたら「イスラエル料理」というのも作り話なのかもしれない。

今日はそんなお話です。

2月4日付のワシントン・ポスト紙の記事からご紹介します。

フード界のおとぎ話が現実になった。2013年、ヤスミン・カーンはcookbookを書くことを決意した。彼女は32歳で、ロンドンを拠点とする中東に焦点を当てた人権活動家としての仕事で燃え尽きていた。

まず登場したヤスミン・カーンは、ロンドンでペルシア料理の教室や期間限定のサパークラブなどを運営している、料理人兼ライター。

『The Saffron Tales: Recipes from the Persian Kitchen』より

イラン関係のアートプロジェクトにまつわるコンサルティング業務なども手がけているんだそうです。

彼女はKickstarterを利用して、自らの遺産 — — カーンはイラン人のハーフなのだ — — を探求し、「決して大きく報じられることがない、イランのいち側面」に光を当てるペルシャの旅行記とレシピの本を作ることを約束した。

無名で評価もされていないにもかかわらず、カーンはすぐに必要な分以上の資金を獲得した。3年後、彼女は『The Saffron Tales: Recipes from the Persian Kitchen』を出版すると、ナイジェラ・ローソンのような料理界の重鎮たちから賞賛と喝采を得たのだった。

クラウドファンディングを利用して資金を獲得し、彼女が初めて出版した『The Saffron Tales: Recipes from the Persian Kitchen』はこちら。

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『The Saffron Tales: Recipes from the Persian Kitchen』より

イラン全土を旅しながら集めた、イラン家庭料理のcookbookです。

『The Saffron Tales: Recipes from the Persian Kitchen』より

そして当然のことながら、勝利の方程式にしたがって、カーンは今週2冊目のcookbookを出版する。『Zaitoun: Recipes from the Palestinian Kitchen』(W. W. ノートン&カンパニー)のなかで、彼女はパレスチナのアラブ人たちのもとを訪れ、一緒に料理をし、食事をする。多くのひとたちに誤解されているもうひとつの中東の場所へと、扉を開くためだ。

2冊目のテーマには、パレスチナ料理を選んだんですね。

2月5日に発売されたこの『Zaitoun: Recipes from the Palestinian Kitchen』は、第1作同様にヤスミンがパレスチナの地を訪れ、実際に食べられていたレシピを集めたもの。

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「現在の」パレスチナで食べられているレシピ、というのがポイントなのですが、それについてはまた後で述べられています。

この本は前作よりも分かりやすくするべきだった。カーンは人権活動をしているときにイスラエルを広く旅したことがあった。その地域の至るところとコネクションがあった。そしてライターとしての実績と、背後に出版社の存在があった。しかしパレスチナの食べ物について書くことは、カーンが想像していたよりもやっかいだった。

ここで「フィクションから立ち上がった国」イスラエルと、「国際法上存在しない」実在の国パレスチナという問題が立ちはだかってくるわけです。

国際法上存在しない国に、どうやって境界線を引けばいいのか? 「障壁」や「壁」といった多くのことばが立ちふさがった。もし読者がパレスチナの伝統的なクスクス、「マフトゥール」を見つけることができなかったら、より入手しやすいイスラエルのクスクスを代替品として使うことが受け入れられるだろうか? ノーと言うひともいるだろう。この地域をめぐって土地以上に議論を巻き起こすものがあるとしたら、それは食べ物であろう。

マフトゥールというのはこんな料理。

考えたのですが、これが「マフトゥール」という名前だから、イスラエルのクスクスで代用すると異議が出るのかもしれないですよね。

中身は同じ。

でも名前が違うと議論が起きるのだから、名前というのはなんとも罪なものです。

「20年もイスラエルとパレスチナについて書いてきたので、この話題に関してどれほどことばづかいに注意深くなければならないかを知っているんです」とカーンは語る。「ほとんどあきらめそうになった本でした。ストーリーを語れるかさえ分からなかった」

しかしながら、幸運にも恵まれたそのライターは本を完成させた。昨年リリースされたイギリスでは、その本はいくつかのベストセラーリストにも名を連ねた。

ガーディアン紙でも昨年の7月にこのcookbookが取り上げられ、フムスやキョフテ、ザクロケーキなどのレシピが掲載されています。

さて、ワシントン・ポストの元記事では、このあとに続けて2冊のパレスチナ料理のcookbookが登場するのですが、それはまた明日に。

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ライター、フォトグラファー。わかさいも本舗さんのウェブサイトのコピーなど。海外の料理本を紹介するサイト「ククブク」は現在お休み中。ロン・パジェットの詩を趣味で訳してます。プロフィール画像は有田カホさんに描いていただきました。