Photo by Dikaseva on Unsplash

ポストコロニアルなcookbookの成熟期

Eaterが選んだ2020年秋のcookbook その6

--

春と秋はcookbookの出版が重なるシーズン。

新型コロナの影響があったとはいえ、2020年の秋シーズンもたくさんのcookbookが発売されています。

そんななかから、オンラインフードマガジン「Eater」が選んだ17冊をちょっとずつご紹介しています。

前回のストーリーでは、世界の人気シェフ、ヨタム・オットレンギのフレーバーを追求するcookbookと、ビャンビャン麺にフィーチャーしたNYの中国・西安料理レストランのcookbookをご紹介しました。

前回のストーリーを読んでくださった方は、きっともう漢字で「ビャンビャン麺」と書けるようになっているはずですね😁

それでは、本日も新刊の続きを見ていきたいと思います!

ララ・リー『Coconut & Sambal: Recipes from my Indonesian Kitchen』(ブルームズバリー、10月13日発売)

Amazonでのお求めはこちら

ララ・リーはデビューcookbookの序文のなかで「あふれる気前の良さはインドネシアの文化の中心である」と記している。食事は近所のひとたちや友人たちと自由にシェアする。こうした気前の良さは『Coconut & Sambal』のページにもあふれており、それぞれのレシピは読者として何か特別な秘密を教えてもらったような気分を高めてくれる。

なんだか楽園的なタイトルの本書『Coconut & Sambal』は、インドネシア料理のcookbookなんですね。

インドネシア料理と言えば、大航海時代の旅の目的でもあった「香辛料」をふんだんに使う点が特徴ですが、遠い異国から船でやってきた外国人に香辛料を分けてあげた(もちろん有償ですが)のも、持ち前の「気前の良さ」が影響していたのかもしれませんね。

オーストラリアで生まれたリーは、成長するまでインドネシアで過ごしたことはなく、インドネシア料理の最初の記憶も祖母のマーガレット・ターリー — — 本のなかでリーは愛情を込めて彼女をポポと呼んでいる — — がオーストラリアまで来てくれたことに由来している。

著者のララ・リーは、ロンドンの名門料理学校「リース・スクール・オブ・フード・アンド・ワイン」で修行を積んだシェフ/フードライター。

現在は「キウイとルー(カンガルー)」というケータリング会社を共同経営していて、イギリス王室やオーストラリア政府関係のイベントなどで料理を提供しているんだそうです。

このcookbookの各章の序文は、どれもしっかりと調査されている。リーの祖母による詳細な思い出話もあれば、リーがこの本のためにストーリーとレシピを収集するために列島を旅することで恋に落ちた、インドネシアに焦点を当てたものもある。

ララのおばあちゃんポポは、インドネシアに1万7,000もある島のうち、オーストラリアに近いティモール島の出身で、シドニーに暮らしていたララたち家族と暮らすために移住してきたのだそうです。

それで幼少期からインドネシアの味に親しみがあったんですね。

『Coconut & Sambal』に登場するレシピは、インドネシア料理はたったひとつのブラシで色を塗ることなんてできないことを表している。その国 — 1万5,000以上の島々からなる — — の食べ物は、どんなものでもほとんどがピリッと辛いトウガラシ、発酵したエビの芳醇さ、ココナッツの甘さなどが組み合わさったもので、いつも充分な量の米がついてくる。

コブミカンの葉、ショウガ、ターメリックを使った香り高いカレー、薄くスライスしたトウガラシ、バナナエシャロット、パームシュガーで飾った華やかなセビーチェなどに目が行くだろう。

私は特にフライドチキン料理(142ページ)に心ひかれた。砕いた衣はパリパリで、火のように辛いサンバルがかかっている。インドネシア文化ではレシピは口頭で受け継がれる、とリーは説明している。

もしかしたらインドネシア料理のcookbookというのがあまりないのも、こうした口伝文化であることが影響しているのかもしれません。

それを聞いた私は、こうして書かれたもののありがたさをひしひしと感じた。リーは彼女が自分自身で創造した料理だけでなく、何世代にもわたって受け継がれてきた不動の料理の伝統も、美しい文書にして読者に残そうとしているのだ。

こうしてまとめられた『Coconut & Sambal』には、ララ自身のお気に入りである「牛肉のルンダン(ココナッツミルク煮)」や、ナシゴレン、エビのサテ(串焼き)など、80種類以上のレシピが掲載されています。

この本のページをめくりながら、青唐辛子入りの鴨の煮込み、豚バラ肉のバリ風ロースト、おまけにショウガのスティッキー・トフィー・プディングといったごちそうを計画することに、ひと晩を捧げたくなることだろう — — エラザール・ソンタグ

掲載されている料理写真(フォトグラファーはルイーズ・ハガー)や家族写真も見応えがあって美しいのですが、この記事ではその魅力をうまく伝えきれていない気がする(最近インスタグラムの投稿が大きな画像で貼れないんですよね……)ので、ぜひお手にとったり、Kindle版のサンプルをダウンロードしてみたりしてくださいね!

ハワ・ハッサン&ジュリア・ターシェン『In Bibi’s Kitchen: The Recipes and Stories of Grandmothers from the Eight African Countries that Touch the Indian Ocean』(テン・スピード・プレス、10月13日発売)

Amazonでのお求めはこちら

cookbookのメイン・アトラクションは、ほとんどいつもレシピだ。しかしこれが最初の著作となるハワ・ハッサンによって書かれ、ベテランcookbookライターのジュリア・ターシェンとコラボして作られた『In Bibi’s Kitchen』においては、最初のレシピにたどり着く以前に楽しめるものがたくさんある。

cookbook作家としてぼくが個人的にもっとも注目しているジュリア・ターシェンが、ソマリアのシェフであるハワ・ハッサンとタッグを組んでこの秋に出版するのが、この『In Bibi’s Kitchen』。

ジュリアのこれまでのcookbookの傑作については、ククブクの昔のストーリーをご覧くださいね。

この本はインド洋に近く、地域のスパイス貿易に関わってきたという共通点がある、アフリカ8か国の料理に焦点を当てている。

テーマとなっているのは、アフリカ東部のインド洋沿岸。

南アフリカ、モザンビーク、マダガスカル、コモロ、タンザニア、ケニア、ソマリア、エリトリアの8か国です。

これら8か国は、先のインドネシア同様に香辛料貿易の要所だったところで、主にコショウやバニラなどを輸出していました。

国ごとに分割された各章は、その地域の簡単な歴史とそこを故郷と呼ぶビビ(おばあちゃん)たちへのQ&Aスタイルのインタヴューで始まる。

タイトルの「Bibi」というのは、おばあちゃんたちのことだったんですね。

これらの質問に対する答えを読めば、おばあちゃんたちが故郷の意味、コミュニティにおけるジェンダーの役割、そして食の伝統を受け継いでいくことの重要性について語っていることがわかる。

インタヴューではおばあちゃんたちの個人的な物語を通じて、家族と戦争、移民や難民・避難所の問題など、ジュリアが作家活動を通じて常に取り組んでいるテーマが浮き彫りになってきます。

どのインタヴューもその後に続くレシピ同様に美しく、さまざまだ。マダガスカルのアンボヒドラトリモが故郷のバオマカおばあちゃんによるカダカ・アコンドロ(煮込んだ牛肉と緑のプランテーン)、甘いバナナといっしょに提供される、ヨーグルトとココナッツミルクで煮込んだソマリアの肉のシチュー、ディガーグ・クンベ。

『In Bibi’s Kitchen: The Recipes and Stories of Grandmothers from the Eight African Countries that Touch the Indian Ocean』より
ハワが作るディガーグ・クンベ

香り高いカルダモン・シロップにひたしたパリパリのココナッツのダンプリング、カイマティ。本に載っているのはザンジバルのシャラおばあちゃんのキッチンで調理されたものだが、スワヒリ海岸ではどこでも人気の食べ物だ。

レシピを家庭の料理人から集める実際的な利点は、どれも簡単で、食材も10種類以下しか必要としない点だ。

毎日家庭で食べているものですからね。

多くの点において『Bibi’s Kitchen』は画期的だ。アメリカの出版社から犯罪的に見落とされてきた世界の一部に敬意を払い、実際にそこで生活しているホームクックたちの視点から、これらのアフリカの国々の物語をシェアしてくれる。キッチンでくつろいでいるおばあちゃんたちのポートレイトもたくさん載っている。撮ったのはケニアのフォトグラファー、ハディージャ・M・ファラーで、彼女たちの自宅で撮影をおこなっている。

『In Bibi’s Kitchen: The Recipes and Stories of Grandmothers from the Eight African Countries that Touch the Indian Ocean』より

ちゃんと現地出身のフォトグラファーを起用している点も、ぬかりがないです。

野心的な努力とこうしたコラボの結果、心あたたまる写真とちょっとした歴史、そしてもちろん、たくさんの垂涎の料理のコレクションが誕生したのだ — — エラザール・ソンタグ

このほか、観光客に本物のザンジバルを見てもらうため、ニンジンとピーマンが入ったアジェミ・ブレッドの作り方を教えているというシャラおばあちゃんや、

『In Bibi’s Kitchen: The Recipes and Stories of Grandmothers from the Eight African Countries that Touch the Indian Ocean』より

タンザニアの味をアメリカに伝えるため、ニューヨーク郊外でマトケ(豆と牛肉とプランテーンの煮込み)を作っているヴィッキーおばあちゃんなど、75人のおばあちゃんと75のストーリー、75のレシピが登場します。

『In Bibi’s Kitchen: The Recipes and Stories of Grandmothers from the Eight African Countries that Touch the Indian Ocean』より

秋の夜長にぴったりの、読んでも楽しめるcookbookに仕上がっていると思います。

といったところで、今日のご紹介はここまで。

続きは以下のリンクからお進みください。

--

--

ライター、フォトグラファー。わかさいも本舗さんのウェブサイトのコピーなど。海外の料理本を紹介するサイト「ククブク」は現在お休み中。ロン・パジェットの詩を趣味で訳してます。プロフィール画像は有田カホさんに描いていただきました。