Natalia Ostashova

シャックバーガーから野菜くずを使った料理まで

NYタイムズ紙が選ぶ、この夏に作りたい料理10品(その2)

Junicci Hayakawa / 早川 純一
ククブク
Published in
13 min readJun 21, 2017

--

ニューヨーク・タイムズ紙の「この夏に作りたい料理10選」という記事を読み進めています。

元記事では、最近発売されたcookbookから1冊につき1品ずつ(まったく厳密じゃないですが)、この夏に作りたい料理を紹介しているのですが、前回のストーリーではそのうちの前半5冊をご紹介しました。

今回は残りの5冊を見ていきたいと思います。

ジュリア・シャーマン『Salad for President: A Cookbook Inspired by Artists』(Harry N. Abrams)

Amazonで購入

サラダにフォーカスをあてたメディア「サラダ・フォー・プレジデント」を運営し、多くのアーティストやミュージシャンなどとコラボレーションしたサラダレシピを発表している、ブルックリン在住のジュリア・シャーマン。

『Salad for President』は、そんな彼女が今まで創作してきたサラダ75種類以上を1冊にまとめたcookbookです。

最初から終わりまで読んで思ったのは、このcookbookによって彼女は、自身のキャリアを形成してきたサラダだけでなく、アーティストへのインタヴューでもひと儲けして、自宅にキッチンシェルフを持てるんじゃないかということだ。

ちょっと嫌味な感じですねー。

ただひとつだけ確かなことは、ハローセト(ユダヤ教の祭日に食べられる菓子)のレシピに先だって、写真家ウィリアム・ウェグマンによる有名なワイマラナー(ドイツ産の犬種)の写真に言及するようなcookbook、

あるいは、アーモンドとリンゴ、芽キャベツのサラダのレシピの序文で、タウバ・アワーバッハがフォントデザインについて議論しているようなcookbookというのは、あまり見かけないということだ。

飛躍が大きいだろうか。シャーマンは我々にこう考えてほしいと思っている。サラダをキュレーションするということは、自己表現のひとつの形式に過ぎないのだと。それで彼女は、我々が「アーティストのように考えること。アイディアを盗み、ルールを破り、日常の中に何かスペクタクルなものを見つける」ように仕向けるのだ。

それはつまり、カリカリに焼いたパンチェッタとグリーン・シーザー・ドレッシングや、もやしとキムチ味噌ドレッシングを添えたステーキなどといった小さな宝石たちのことだ。もし毎日のスペクタクルがひとつの様式であるとするなら、彼女は見事にやってのけていると言える。

ランディ・ガルッティほか『Shake Shack: Recipes & Stories』(Clarkson Potter)

Amazonで購入

シェイクシャックのcookbookは、もう何度もククブクでご紹介しているので、詳細は不要ですね。

これはまさに待ち望んでいたcookbookだ。ごつごつしたエッジのカリフォルニアスタイルのハンバーガーから、バニラカスタードのコンクリート(アイスクリーム)まで、あなたが好きなメニューのレプリカを家庭で作ることができる。

しかし、典型的なシェイクシャックブーム同様、次のような読後感を残すことになる。(a)シェイクシャックで働きたい。(b)いまこそ、マスタードやソース、ジャムなどを作る「食品メーカー」の改革に参加すべきだ。(c)自分はハンバーガーやポテトよりも大きなものの一部である。

(c)がちょっとよくわからないですね。ごめんなさい。

CEOのガルッティと調理ディレクターのロサティは、慈善的なスタッフたちの姿を強調し、インスタグラムに投稿してくれる客たちに敬意を払い、「地元のヒーロー」を関連コラムに繰り返し登場させ、おいしさのために協力してくれる生産者に賛辞を送るようなストーリーを、このcookbookのなかで語っている。

料理をするひとは、この本でシェイクシャックの経験を家庭用に翻訳することは、ややむずかしいことだと知っておかなくてはなるまい(これら地元のヒーローたちとコンタクトがとれるなら別だが)。ただ、あなたがグリルの前に立って使える合法的なトリックもある。それはバンズに「マーティンズ・ポテト・ロール」を使うことだ。

これをトーストして、はけでバターを塗る。赤身肉は粗めに挽く。飛び散る脂をコントロールするために、焼いているパティの上に油濾し器をひっくり返してのせる。アメリカンチーズはパティの上で溶けるのに、かっきり45秒かかる。フライドチキンには重曹をまぶす。U字型のクリンクルカッターに投資する……などなど。

サミン・ノスラット『Salt, Fat, Acid, Heat: Mastering the Elements of Good Cooking』(Simon & Schuster)

Amazonで購入

このcookbookも、すでに4月のストーリーでご紹介していますね。

このcookbookは、料理を成功させる4つの柱についてよく研究された専門書と言える。塩分と脂肪分と酸味のバランス、そして適切な加熱のしかたを身につければ、シェパニースの精神を受け継いだシンプルで洗練された料理を、次々と作り出すことができるだろう。

レシピはこれらを色々と学んだあとに、付け足しとして224ページから登場する。これは大事な点だ。ノスラットは何よりもまず、自分自身を信じ、感覚に注意をはらい、オーブンのダイヤルやレシピに記載された時間を頼りにしないことを学んでほしいのだ。トマトソースひとつとっても、ちがう農場で作られたちがうトマトを使って書かれたレシピよりも、味のバランスをはかりながら自分自身の感覚で作るほうが良いのだ。

彼女のレシピには写真がないが、ウェンディ・マクノートンのイラストがその使命を果たしている。たとえば、「酸味の世界」という円グラフからは、世界の25種類以上の料理においてどんな酸味が合うのかがひと目でわかる。

テクニックに関する膨大な量の情報がつまっている本だが、シェパニース直伝のレッスンはしっかりと把握しやすいものになっている。酸味についてのノスラットの考え方を変えたあるシェフは、完璧ななめらかさのキャロットスープを味わった時に、彼女に小さじ1杯の酢を入れるように言ったのだという(「塩がフレーバーを拡張するのであれば、酸味はそのバランスをとる」)。

ノスラットは、修行時代にシンプルなポレンタ(トウモロコシ粉を練った粥状のパスタ)の作りかたを学んだことを思い出す。そのとき、シェフのキャル・ピーターネルは彼女にもっとたくさん塩を入れるように言い続け、ついには自分で手のひらに3杯分の塩を投入した。

あなたがレンジの前に立つときは常に、そのイメージを頭から取り出して、現実の鍋の上に振りかけるようにして欲しい。

イメージのなかの塩をふりかけるというのは、なかなか面白いレトリックですね。

マッズ・レフスルンドほか『Scraps, Wilt & Weeds: Turning Wasted Food into Plenty』(Grand Central Life & Style)

Amazonで購入

『Scraps, Wilt & Weeds』は、デンマークの有名レストラン「ノーマ」に立ち上げから関わったシェフ、マッズ・レフスルンドと、食材調達の専門家であるタマ・マツオカ・ウォンによる、食材を余すところなく使って料理を作るというコンセプトのcookbook。

ジャガイモの皮やカリフラワーの茎、魚の皮だけでなく、熟していない緑のイチゴや古くなったパン、しわしわになったジャガイモやとう立ちしたハーブなども材料にして、全部で100種類以上のレシピが掲載されています。

この春も野菜に注目したcookbookがたくさん登場したが、この本はあなたの料理の世界観を一変させる可能性を秘めている。

レフスルンドは、毎年ムダに浪費され(世界全体で7500億ドルと推計される)、環境破壊にもつながっているフードロスについて、世間の関心を集める運動の第一線に立っているシェフ。この本は、野菜室の中でドロドロになりかけているどんな野菜でも、再利用するためのアイディアを得られるように構成されている。

食品廃棄については、過去にククブクでもふれていますので、よろしかったら併せてお読みくださいね。

レフスルンドは読者に、単に不完全なものだけではなく、切れっ端やドロドロになったものにも敬意を表するようにとうながす。「魚の皮のヌメヌメではなくて、そのクリスピーなうま味にも気づいてほしい。果実のドロドロにではなく、みずみずしく発酵した照りにも」。それこそが、子どもにリンゴの芯を弁当箱に残させる(煮込んでスープストックにすれば、リンゴくずのケーキに使える)ことのできる方法なのだ。あるいは、カリフラワーの芯を捨てる前に、それを麺に練りこんで、ペコリーノチーズやバター、生クリームやスパイスを加えて、カチョ・エ・ぺぺが作れるのではと考え直すこともできよう。

それらはまさにプロのシェフらしい瞬間だ。彼はドロドロになった野菜の水分を抜いて粉末にし、さまざまな料理に活用する。それなのに気軽に取り入れることができるように、バランスが図られている。ほかのcookbookなら単に田舎料理に分類してしまうような、余りものを寄せ集めた古典的なレシピにも、この本は1章を割いている。彼が認めるように「これは人類誕生からの、人々がつつましく生きる — 生き残る —ための方法なのだ」。とはいえ、これによってミシュランの星付きシェフをまた儲けさせてしまうことも確かだ。

富の偏在に意識的な国のレビューなので、儲かっている人をさらに儲けさせることについては、さっきからずいぶん辛口ですね。

ジェレミー・フォックス『On Vegetables: Modern Recipes for the Home Kitchen』(Phaidon Press)

Amazonで購入

最後の1冊は、カリフォルニア州ナパにある「ウブントゥ」でミシュランの星を獲得し、その後もフード&ワイン誌やロサンゼルス・タイムズ紙、ジェームズ・ビアード財団賞などで数々のレストラン賞を受賞しているシェフ、ジェレミー・フォックスのcookbookです。

ほかのカリフォルニアのシェフたちと同様に、彼も野菜を中心にした160種類のレシピをこのcookbookで提供しています。

「もしあなたが平日夜に簡単に作れるベジタリアン料理を10品探しているのなら、この本はあなたの役に立つとは言えないかもしれない」と彼は書いている。じゃあいったい誰の役に立つというのか? 創作を得意とするシェフ、冒険者、食材調達者、デザインおたく(純粋な物体として、この本はとてもすばらしい)。そして、食品を無駄遣いするシェフたちを軽蔑するフォックスと思想を共有する、マッズ・レフスルンドにこそふさわしい。「食品を捨てることは私を困惑させる」とフォックスは書いている。「それは三流のシェフがやることだ」。

三流とはほど遠いフォックスは、ベジタリアンのメッカであるウブントゥのシェフを務める以前には、ロサンゼルスのマンレサを始めとするカリフォルニアの著名なキッチンに勤務した。彼の使命は、決してめずらしいものではない。自分で育てた食品で、可能な限りたくさんの料理を作ること。しかし、その料理は普通ではない(彼の最も有名な料理は、まず間違いなくホワイトチョコレートを添えた豆のサラダだ)。

デイヴィッド・チャンやレネ・レゼピ、トーマス・ケラーなど、多くの人々がナパに集まり、批評家が夢中になって彼の料理を語って、賞が山積みとなったものの、フォックスは不安症との戦いが悪化して早々に舞台から退場した。何年かはどん底の闇の中で、彼は料理の仕事を辞めそうになった(「カブが見知らぬ人のように見えた」)。

この本には、時間のかかるレシピ(例えば、 赤い海藻のタプナードや、キュアード・エッグ・ヨーク(塩漬けにした卵の黄身)のような)も登場し、最高の素材を使用するときにだけ価値があるようなレシピがほとんどなのは言うまでもないのだが、とはいえこのレシピのコレクションには、他のcookbookにはないものがある。

フォックスの究極の目的は、自分では価値がないと思うような料理で、何ができるかとアイディアを広げる自信を読者にもたらし、次のような真実を私たちにもたらすことなのだ。フォックスの黒オリーブのカラメル・ペーストを作っているのであれ、クラフト社のチーズマカロニを作っているのであれ、「しあわせなキッチンで作られた料理は、不幸なキッチンで作られた料理よりも美味しい」ということを。

「しあわせなキッチンで作られた料理は、不幸なキッチンで作られた料理よりも美味しい」というのは、不安神経症にみまわれた彼の実感のこもったことばとして響きます。

以上、10のcookbookからこの夏に作りたい10のレシピをご紹介しました。

あなたの心に引っかかった料理は、何かありましたか?

--

--

ライター、フォトグラファー。わかさいも本舗さんのウェブサイトのコピーなど。海外の料理本を紹介するサイト「ククブク」は現在お休み中。ロン・パジェットの詩を趣味で訳してます。プロフィール画像は有田カホさんに描いていただきました。