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カレーは飲み物、cookbookは読み物

料理レシピサイトと文芸出版社がタッグを組んでcookbookのシリーズを刊行

Junicci Hayakawa / 早川 純一
ククブク
Published in
10 min readMar 6, 2018

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アメリカの出版業界紙パブリッシャーズ・ウィークリーに、「クックスターとピカドールが古いcookbookの復刊を計画」という記事が掲載されていました。

記事タイトルにある「クックスター」というのは、日本の「クックパッド」のようにネットでレシピを検索することができるオンラインレシピサイトです。

ただし、クックスターがクックパッドと大きく違うのは、掲載されているレシピがすべてシェフやcookbook作家といった専門家の手による、信頼できるものだという点。

すでに出版されているcookbookからレシピを提供してもらっているんですね。

マーク・ビットマンやジェイミー・オリヴァーといったプロによるレシピを無料で閲覧することができ、検索機能も強力なので、あのシェフのあの料理が作ってみたい!という望みもすぐにかなえることができるんです。

このクックスターが、パワーズやオースター、スーザン・ソンタグなどの著書を扱っている文芸界の老舗ピカドールとタッグを組んで、現物のcookbookを出版するというのだから、これは注目せずにはいられませんよね。

どんなcookbookを計画しているのか、記事を見ていきたいと思います。

10年前、ウィル・シュワルベがcookbookから選りすぐったレシピのデジタルコレクション「クックスター」を共同設立したとき、必ずしも大きなプラットフォームを持っているわけではないcookbook作家たちの、作品やレシピに光をあてるサイトを思い描いていた。そして2014年、マクミラン社がクックスターを買収し、この5月、そのサイトは絶版になったcookbookを復刊を目的とする「ピカドール・クックスター・クラシックス」でプリント本の分野にも進出する。

クックスターは2008年、大手出版社とのつながりを持たないcookbook作家たちのレシピを世に送り出そうという大きな志をもってスタートアップしたのですが、広告と出典元として表示されるcookbookのアフィリエイト収益だけではなかなか経営が立ち行かず、2014年にピカドールの親会社であるマクミラン社に買収されていたんですね。

「クックスターがその哲学としていたことのひとつは、偉大なcookbook作家たちを称えることにあります」と、クックスターの立ち上げのためにとどまったシュワルベは言う(マクミランがサイトを買収したとき、彼は編集部門とコンテンツ・イノベーションを担当する副社長として会社に残った)。「食べものの世界について考えるとき、ひとはシェフについて考えるけれど、優れたcookbookの多くがcookbook作家によって書かれていることを忘れています。自分が愛したり、利用したり、大切にしたり、伝えたりしてきた作家たちのことを」

ウィル・シュワルベは、ウィリアム・モローやハイペリオンといった出版社で編集長としてつとめたあと、2008年1月にクックスターを立ち上げた人物。

彼が言うように、ヒットするcookbookにはスターシェフが前面に押し出されたものが多いですが、実際に彼らがテキストを全部書いているかというとそうではなくて、そこには「cookbook作家」という存在が欠かせないわけです。

そんな実力のあるcookbook作家に光をあてることこそが、クックスターの使命だというんですね。

もちろん、ククブクの目指すところも同じですよ。

5月5日に発売されるシリーズ最初の3冊は、イレーナ・チャーマーズの『The Confident Cook』(原書は1975年の出版)、サミーン・ラシュディの『Sameen Rushdie’s Indian Cookery』(1988年)、アーサー・シュワルツの『Cooking in a Small Kitchen』(1979年)だ。

一冊ずつ見ていきましょう。

The Confident Cook』は、パリのル・コルドン・ブルーで料理を学んだあと、ノースカロライナ州のグリーンズボロに自分の料理学校を設立した、イレーナ・チャーマーズによる料理の基本書。

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イレーナはたくさんのテレビ番組に出演し、今までに80冊以上もcookbookを著しています。

最初のタイトルを選ぶことについて、クックスターは「ホームクックのための本に焦点を当てたかったのだ」と、クックスターの協力編集ディレクターで、マクミランのシニアエディターであるカラ・ロタは語る。「この3冊の本は、どのようにして人びとが家で料理を作りたいと思うかに焦点を当てたものです。それはクックスターがいつも目指しているものなんです」

Sameen Rushdie’s Indian Cookery』は、サミーン・ラシュディによるインド家庭料理の基本書。

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このような料理初心者に向けた基本的なcookbookを第一弾として取りそろえたのが、このシリーズの戦略なんですね。

ちなみに著者のサミーンは、あのインディアン・マジックリアリズム小説『真夜中の子供たち』を執筆し、『悪魔の詩』で物議をかもしたサルマン・ラシュディの姉(妹?)なんですよ。

どの本も、オリジナル版の構成とテキスト — — レシピ、頭書き、モノクロのイラスト — — は維持するが、序文は新しいものにアップデートされる。ラ・ヴァレンヌ料理学校のオーナー、アン・ウィランが『The Confident Cook』 に序文を提供し、サルマン・ラシュディが『Indian Cookery』に(彼は著者の弟で、小説家)、そしてリディア・バスティアニッチが『Cooking in a Small Kitchen』に序文を書いている。「作家によるcookbook、作品、レシピを、その背景をもとに語れる人物を探していたんです」とシュワルベは言う。「これらのビッグネームの方々に書いてもらえたことは光栄です。制作の進行が容易になった理由のひとつでもあります」

おお、『Sameen Rushdie’s Indian Cookery』はサルマンが序文を書いているんですね。

このあたり、文芸出版社の面目躍如といった感じです。

最後に『Cooking in a Small Kitchen』は、そのタイトル通り、家庭の小さなキッチンで一流レストランのような料理を作ることを目指すcookbook。

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デイリー・ニューズ紙のフードエディターであるアーサー・シュワルツが、アメリカやヨーロッパを旅して集めた236品ものレシピが掲載されています。

編集を新しくしたことに加えて、どの本も、ロタによると「レトロな魅力がある」新しい表紙のデザインも採用した。「若い読者たちにアピールする美しさを持っているんです」

フォントや背景のデザインで作品の特徴を表しつつ、シリーズの統一感もあるなかなかいいデザインだと思います。

現代のcookbookの多くが芸術的な写真を採用しているいっぽうで、クックスターの本は「書かれた文字が好きで、料理も好きな人びとのための本」であることを示すデザインを狙った、とシュワルベは語る。「これら3冊の本は、書かれた内容こそがすばらしいんです。cookbookとして間違えられることのない表紙にしたかったのですが、同時に文学的なものにもしたかった。人びとがキッチンにこれらの本を取り揃えてくれることが、私たちの夢ですね」と彼は付言する。

まだページの中身は見ることができませんが、テキストが主体の「読ませる」cookbookになることは間違いなさそうです。

このコラボレーションは、ピカドールにとっても新分野への進出となる。これらはその出版レーベルの初のcookbookなのだ。

いわば岩波書店が料理本を出版するようなもの。

海外ではフードライティングはもともと文学ジャンルとして認知されていますが、いまやcookbookも文学作品として認められつつあるようですね。

「クックスターとピカドールは、どちらもフラットアイアン・ビルディングの19階に入居していて、コラボレーションの機会がたくさんある。私たちはこのことをとてもエキサイティングだと感じているよ」と語るのは、ピカドールの副社長でエグゼクティヴディレクターのジェイムズ・ミーダー。広報面では、クックスターのチームが5月にクレヴァー・クックスターのポッドキャストで、「クックスター・クラシックス・テイクオーバー」というポッドキャストジャックをおこない、ラシュディ、チャーマーズ、そしてシュワルツにインタビューをおこなう。

このMediumでもそうですが、最近音声コンテンツがふたたび活発になっていますよね。

きっとAmazon EchoやGoogle Homeなどの普及が影響してるんだと思いますが、ククブクでも趣旨に合いそうなら何かやってみたいなあ。

今後の予定としては、毎年シリーズとして3冊ずつ出版して行きたいとロタは語る。現在クックスターは、来年版のためのリストを選出中だという。

続刊にも注目ですね。

ピカドール・クックスター・クラシックス『The Confident Cook』『Sameen Rushdie’s Indian Cookery』『Cooking in a Small Kitchen』は、3冊ともゴールデンウィーク後の5月15日の発売です!

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ライター、フォトグラファー。わかさいも本舗さんのウェブサイトのコピーなど。海外の料理本を紹介するサイト「ククブク」は現在お休み中。ロン・パジェットの詩を趣味で訳してます。プロフィール画像は有田カホさんに描いていただきました。