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オットレンギ、食べるを語る

シドニー・オペラハウスでの対談から

Junicci Hayakawa / 早川 純一
ククブク
Published in
10 min readFeb 26, 2019

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最近、またククブクでヨタム・オットレンギを取り上げることが機会が多くなっている気がします。

その理由は「時短」「ベジタリアン/ヴィーガン料理」「パレスチナとイスラエル」という、いまのフードシーンを象徴するいくつものアスペクトを、彼が持ち合わせていることにあるんだと思います。

ヨタム・オットレンギ(写真右)

そんななか、オーストラリアでおこなわれた講演会に彼が登壇した時のようすが、英・ガーディアン紙のウェブ記事に掲載されていましたので、今日はそれを読んでいきたいと思います。

「レシピを所有しているのは誰だろう?」

これは、ヨタム・オットレンギとアダム・リアウが水曜日の夜に考えた問題のひとつだ。シェフと料理人、そしてどちらもベストセラー作家であるふたりは、シドニーのオペラハウスで「オットレンギとの夕べ」の一部となる対談をおこなった。

オットレンギと対談をおこなったアダム・リアウは、オーストラリアの人気料理人。

ヨタム・オットレンギ(写真左)とアダム・リアウ(写真右)

マレーシア系オーストラリア人のアダムは、2010年に料理コンペティション番組『MasterChef Australia』で優勝して、以降メディアに頻繁に登場する存在となりました。

2016年には、日本政府から公式に「日本食普及親善大使」にも任命されているんですよ。

そんな彼のcookbookの代表作は、日本料理をメインテーマにした2016年の『The Zen Kitchen』です。

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食に関する文化の盗用は、10月のアメリカツアーでもオットレンギが尋ねられたテーマで、それは彼が答えることに困難を感じている質問だ。

パレスチナ系英国人シェフ、サミ・タミミとよくコラボレーションをするそのイスラエル系英国人のシェフは、この問題について何度も考えてきた。なぜなら、彼の作っている料理は中東にインスパイアされたものだからだ。

「(文化の盗用は)イスラエルとパレスチナの衝突、そしてレシピを所有しているのは誰なのか、誰がそれを始めたのかを取り扱うものです。その衝突のなかでも、これは深刻な問題です。なぜなら、人びとの自意識というのは食に結びついているから。それ以外にほとんど自意識を持っていないからです。しかし私は、これは本当に、本当に難しいことだと思っています。なぜならこれらの疑問に対し、アメリカの背景事情をどう考慮して答えたらいいかわからないからです。白人がメキシコ料理を作るのはOKなのでしょうか? この質問にどう答えられるでしょう?」

イスラエル系のヨタムは、パレスチナ系のサミをパートナーにロンドンでデリカフェをチェーン展開しています。

そういうふたりが店で出している料理というのは、名前というものを抜きにして考えた場合、イスラエル料理なのか、パレスチナ料理なのか?

そもそもそういう区別が無意味な気がしてきます。

そして彼らが自由なクリエイティヴィティーを発揮できたのは、イギリスという「イスラエルでもパレスチナでもない場所」だから、というのがあったからかもしれません。

リアウは、自分もまた巧妙な食文化の盗用について考えるところがあると語った。「食べ物というのは、偉大なる統一者のひとりなんです」と彼は言う。「だれかのことばを話す前に、だれかの歴史を理解する前に、だれかの靴で1マイル歩く前に、彼らが食べているのと同じ料理を食べ、彼らの生がどういうものかという洞察を、彼らの文化が機能する方法を得られるんです。だから食文化の盗用というものを、私は本当に信じていないんです。だってそれは私たちが生きている多文化社会において、別の様相を見せてくれる素晴らしい窓なんですよ」

このリアウの「食文化の盗用を信じていない」は、原文では「believe in」となっているので、多分「存在を信じていない」という意味なんだと思います。

食文化の盗用なんてないさ。

それは、盗用と指摘されるようなものでも、別の世界を見せてくれるのだからいいじゃんってことなんでしょうかね。

ちょっと解釈に悩みます。

オットレンギは最新刊『Simple』について語りながら、オーストラリアをツアーしている。オペラハウスに集まった聴衆は、その人気シェフが向き合ってきたなかでも最多で、ふたりの1時間にわたる討論ではフードフォト、オットレンギの祖母が過去にモサドに所属していたという秘密、そして彼が砂漠の島に取り残されたときに手に入れたい3つの食材(レモン、小麦粉、そしてまちがいなくオリーブオイル)のことが話題になった。

料理がしばしさらけ出す矛盾について話題が戻ると、彼はパレスチナ人とユダヤ人がよく同じものを食べているのに、分割されたままであることを指摘した。

「彼らは同じようなレベルでスパイスによる風味づけを楽しみ、同じような食べ方をするんです。ひよこ豆やタヒニ、オリーブオイル、そしてオリーブの実を形式張らずにね。彼らが食にまつわる同種の親密さを実際に共有しているのに、お互いに同じ会話ができないという現状は、非常に馬鹿げています」

彼は付言する。「わたしたちは自分自身を異なる料理に順応させ、それを楽しんで、超国際的になるのが得意なのに、それを料理する実際の人間に対して同じレベルで寛容になることができないというのは悲劇的です」

これは本当にそう!

前に有名中華料理店で食事をしているとき、近くの団塊世代のグループがヘイト発言をしてるのを耳にした経験があるんですよ。

餃子とか担々麺とかおいしそうに食べていながら、よくそんなことが言えるもんだなあと呆れたのを、このオットレンギの発言から鮮明に思い出しました。

『Simple』はオットレンギの6冊目のcookbookで、手早く簡単にできるレシピに焦点を当てている。彼は自分が新しいレシピを創作する方法は、『Plenty』や『Jerusalem』といった初期のころのcookbookよりも進化していると言う。持続可能性などを考慮することが、いまの最優先だと言う。「それは最優先ではありませんでした。なぜなら、私にとってはフレーバーがすべてだからです。でも次に考えるのはこうした問題になるでしょう。周囲とかかわらないでひとりで仕事ができるわけではないからです」

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それは、彼が魚のレシピをcookbookでもガーディアン紙の連載コラムでも出さないことと関係している。「イギリスでは特に、持続可能で手頃な価格の魚というのは最小限の量しかありません。私たちのレストランでもそれは同じです。それで私はこうした会話にはとても注意深くなるんです」

こういう発言を知ると、どうして日本に「手頃な価格の魚」があふれているのか、ちょっと怖くなってきますよね。

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彼の本の多くは野菜 — — 彼いわく、自分が夢中になっているもの — — を擁護するものだが、彼が人びとにもっとたくさん野菜を食べなさいと言うことを期待してはいけない。「人びとに何かをするように後押しするのは本当に嫌なんです。誰かに何を食べているかを聞かされるのも嫌だし、人びとに自分が何を食べているかを話すのも嫌なんです」

我々が食べるべき、あるいは食べてはいけないリストがコロコロ変わるので、多くの人が何を食べたらいいか混乱していると彼は信じている。「もし誰かが何か他のものが食べたい気分のときに、ある野菜やある量の野菜を食べなければいけないと聞けば、きっと罪悪感を感じ始めるでしょう。食べ物と罪悪感を混ぜ合わせるのは、最悪の組み合わせです。だって食というのはすべて楽しいことのはずだからです。このサイクルにはとてもハマりやすいので、私は単に野菜は素晴らしいとしか思わないし、みんなそれを食べるか食べないか選択することができると考えているんです」

これを読んで、大河ドラマ『いだてん』で、主人公の金栗四三が三島家でテーブルマナーを教えられているシーンを思い出しました。

ナイフとフォークの使い方が上手くなくて、申し訳なさそうな顔で料理を口に運ぶ四三は、まさに「食べ物と罪悪感を混ぜ合わせ」て食べているようでした。

オットレンギがふたりの幼い息子たちに作った料理を食べせるのにしばしば苦労をすると知って、聴衆たちは喜んでいた。「みんな私の子どもたちが朝食に生の塩レモンを食べているんだろうと期待しているんです。そんなのは事実無根です」

彼は子どもたちを「気まぐれな味覚」を持った普通の子どもたちだと表現する。「彼らは『これ以上』ということばを早いうちに覚え、百万回も食べさせたものを与えたときに『もうこれ以上いらない』が始まるんです。『エビはもうこれ以上いらない』って言うんです。一体いつからだったろう?」

「これ以上」は原文では「any more」なんですが、ちょうどイヤイヤ期に入った子どもが言いそうですよね。

「エニモー」って。

言いやすいし。

第三者からしたら可愛らしくて微笑ましいシーンなのかもしれませんが、当事者である親たちにしたらそれがいつもなのだから大変です。

すると彼は最後の頼みの綱の料理を作る。それは多くの親たちにも使えると考えている。「私のコンフォートフードが、彼らのコンフォートフードでもあるんです。それはレンズ豆とフライドオニオンを載せたムジャッダラです。ぜひとも試してみるべきですよ」

ということで、ガーディアン紙にはムジャッダラのレシピが掲載されていましたので、ここにもリンクを貼っておきたいと思います。

使われているスパイスも含めて日本のスーパーでもそろうものばかりなので、今度ぜひ作ってみようと思います。

こんな外国のコンフォートフードがスーパーの食材だけで作れるなんて、いい時代だ!

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ライター、フォトグラファー。わかさいも本舗さんのウェブサイトのコピーなど。海外の料理本を紹介するサイト「ククブク」は現在お休み中。ロン・パジェットの詩を趣味で訳してます。プロフィール画像は有田カホさんに描いていただきました。