料理本は歴史と文化の目撃者
cookbook作家はみな文化人類学者だ
イギリスの日刊紙「ザ・ガーディアン」に、インド出身のライター、ケナン・マリクの料理本についてのコラムが掲載されていました。
ケナンは神経生物学と科学史を学び、多文化や多元的共存、人種や移民などについても著作がある人物。
優れた政治的著作に与えられるイギリスのオーウェル賞にもノミネートされたことのある彼が、いったいどのようにcookbookを語るのでしょうか?
ただの一時的な流行なのかもしれない。モラルを語っているのかもしれない。あるいはただのつまらないものなのかもしれない。しかし料理本というのは魔法のようでもある。パナンカレーを作る新しい方法やブレッド&バター・プディングにのせる新しいトッピング、完璧なビスクを作るコツなどを発見することには、何か不思議なものがある。
ひとが料理本に惹かれてしまう理由……。
ぼくもいろいろと理由を考えていますが、今のところは、それが「食べ物についての本」であり、人間は「食べなければ生きていけない」から。
これに尽きるのではないかなと思っています。
とはいえ、料理本というのは単なるレシピ本以上のものがある。それは歴史の目撃者なのだ。4000年前のエジプトの墓では、石に刻まれた最初のレシピが見つかっている。貴族の奴隷たちが、来世でも主人たちに完璧なフラットブレッドを作り続けることができるようにだ。
これ、ルクソールにあるセネトの墓の壁画に描かれていたというレシピです。
なんでも「棒で穀物を砕き、石臼を使ってさらに細かくし、粉の山になるまで挽くこと」などと書かれていたんだとか。
こちらの本に詳しいようです。
そして本当の意味での世界初のレシピ集が作られたのは、おそらくローマ時代 — — マルクス・ガヴィウス・アピキウスの『De re Coquinaria(料理帖)』だろう。
アピキウスは、1世紀のティベリウス帝の時代に生きた貴族階級出身の料理人のようで、彼が書いたとされる(実際には、後世のひとたちが彼の名を冠して著したとか)『料理帖』は、慶應大学メディアセンターのデジタルアーカイブで読むことができます。
アピキウス、そして古代ローマの料理に興味がある方は、このあたりの書籍がオススメです。
そして約1000年前になると、世界中の伝承のなかにレシピが書かれているのを見つけることができる。
19世紀まで、それらの集成は貴族階級、あるいはむしろその奴隷たちのためのものだった。産業革命の時代がやってくると、『A Plain Cookery Book for the Working Classes』といったタイトルの書物を見つけることができる。
1852年に出版された『A Plain Cookery Book for the Working Classes』は、ヴィクトリア女王の料理長だったチャールズ・エルミー・フランカテリが書いたもので、ゆでたジャガイモやカボチャのおかゆなど、241種類のレシピが掲載されています。
まさに「女王陛下の料理長」だったんです。
料理本の歴史というのは階級とジェンダーの歴史でもあり、帝国主義と移民の歴史、大衆文化と住宅建築の歴史でもあるのだ。
だからこそ、このククブクではジェンダーや移民、サブカルチャーや建築とともにcookbookを語るのですよ!
歴史的文書であるというだけでなく、料理本というのは文化の目撃者でもある。焼くこと、蒸すこと、ローストすることは、文化の包みを解きはじめるということなのだ。優れた作家たち — — 例えば、クラウディア・ローデン — — は、みな料理家というよりも文化人類学者だ。
クラウディア・ローデンはいまに先駆けること50年前、1958年に『A Book of Middle Eastern Food』というcookbookで世界に中東料理を紹介した人物。
この本のアップデート版が、クノップフ社から『The New Book of Middle Eastern Food: The Classic Cookbook, Expanded and Updated, with New Recipes and Contemporary Variations on Old Themes』というタイトルで出ています。
「文化の盗用」をして着飾るようなことがある時代において、文化とは永遠に衝突し、借用され、作り直されるものだということを思い出させてくれる最良のものが、料理なのだ。
この「文化の盗用」、最近は特にファッション業界で取りざたされていますよね。
営利企業が自社の利益のために、まるで自分が発見したかのように文化を搾取する行為、あなたはどう思います?
それで思い出したのですが、この記事を書いたケナンはあえて指摘していないんだと思うのですが、料理本とは政治書でもあります。
cookbookについて語るのに、政治的視点がまったく欠けていると、やっぱりなんだかぼやけているなぁと思ってしまいます。
私はアニッサ・ヘロウの素晴らしい『Feast』を開いてみた。それはイスラム世界の食べ物について語る書籍だ。イランのフラットブレッド、インドネシアのカニのカレー、そしてインドのハリームを通じて、彼女はただ無数の味覚を味わう不思議な旅をさせてくれるだけではなく、多くの文化における共通点と相違点に独自の方法で光を当ててくれるのだ。
だってラクダのこぶをローストする方法が分かる本なんて、ほかにあるかい?
最後に明らかにされますが、このコラムはアニッサ・ヘロウの『Feast: Food of the Islamic World』の書評でもあったんですね。
このcookbookについては、ククブクでも昨年だいぶ取り上げましたので、それらのストーリーズも併せてお読みくださいね。