分断の象徴だったバベルを再統合の象徴に
Eaterが選ぶ2021年春のオススメcookbook その17
3月22日付けのフード情報サイト「Eater」に掲載された、春の新刊cookbookのレビューを読んでいってます。
前回のストーリーでは、カリブ海に近いアメリカ合衆国の南東岸、シーアイランド地方の黒人文化「ガラ・ジーチー」に伝わる料理のcookbook『Bress ’N’ Nyam: Gullah Geechee Recipes from a Sixth-Generation Farmer』をご紹介しました。
外国にも国内にもまだまだ知らない文化があるし、 知らない料理がある。
その地域だけで細々と受け継がれている料理に光を当てて、より多くのひとに知らしめることで、文化を守っていくこともcookbookの役割のひとつだと再確認しました。
さて、本日はいよいよ春のcookbookシリーズも最終回。
ロサンゼルスのダウンタウンにある、イケてる中東料理レストランのcookbookをご紹介いたします!
オリ・メナシェ、ジュヌヴィエーヴ・ガーギス&レスリー・スーター『Bavel: Modern Recipes Inspired by the Middle East』(テン・スピード・プレス、5月25日発売)
「バーヴェル」のcookbookの登場は、ずっと待望されていたことだった。「ベスティア」の共同創業者であるオリ・メナシェとジュヌヴィエーヴ・ガーギスが2018年にロサンゼルスのダウンタウンにオープンしたこのレストランは、ベスティアのファンたちの興奮と、フムスやピタ、タジン、ザアタル、そしてスーマックといった愛される中東のフレーバーや料理をガーギスとメナシェがどのように独自のものとするかという期待感から、瞬く間にヒットした。
本書の共著者のうち、オリ・メナシェは「ベスティア」「バーヴェル」のシェフで、イスラエルの出身。
そしてジュヌヴィエーヴ・ガーギスは同店のペストリーシェフで、エジプトにルーツがあるんだそうです。
それぞれ中東にルーツがあるふたりですが、最初に2012年にLAのダウンタウンにオープンしたレストラン「ベスティア」では、イタリアの田舎料理を提供していました。
このお店の料理は、2018年に発売されているcookbook『Bestia: Italian Recipes Created in the Heart of L.A.』で再現することができますよ。
そしていま、メナシェとガーギスはレスリー・スーター(原注:スーターはEaterのトラベル・エディター)の助力を得て、バーヴェルのメニューの多くを家庭料理人のためのレシピへと変換した。
と書いてあると今回からレスリー・スーターが参加したみたいですが、実際には『Bestia』から共著者に名を連ねているので、トリオは健在といったところです。
ただし、いくつかの難点がある。レシピのなかには複雑なものがあり、レストラン並みの量が必要なものもあるのだ(バーヴェルのフムスのレシピは6カップ分ができるし、ファラフェルのレシピは60個もできあがる)。
これはめずらしい!
ブックレビューであるにもかかわらず、これまでの16冊、まったく物言いがついていませんでしたが、この『Bavel』のレビューを書いているエリー・クルプニックは、ちゃんとマイナス点も挙げてくれるんですね。
しかもEaterの編集者がかかわっているのに、まったく忖度しない!
でもそれが批評として普通なんですよね……。
しかし『Bavel』の著者たちが序文で述べているように、その複雑さこそがポイントなのだ。「中東料理は、その核心は、フレーバーの層 — — スパイス、酸味、ピクルス — — を重ねることで、とてもシンプルな生の食材から力強い料理を作り出すことにあるのです」と彼らは書いている。
暑いところが多い地域なので、酸味や香辛料が大事なのかな、それが中東料理の複雑なフレーバーにつながっているのかなと思ったのですが、どうもそれだけではないようで、
このフレーバーの層は、この地域の複雑な歴史をも反映している。「ちょうどこの土地と同じなんです」と(おそらく文化の帰属や流用に対する批判を予想して)序文は続く。「この地域の料理は何度も何度も分断され、レッテルを貼られ、自分のものだと主張されてきた。しかしその核心は、共同体であった過去のフレーバーが絡み合ったものなのだ。それこそ私たちがバーヴェルというレストランで讃えようとしたことであり、特定の国家に忠誠心を示すことなく、好きなものを自由に作るということなのだ」
そうですよね、料理に国家なんて関係がない!
これを読んで、料理を語るときにどうしても国家単位でくくってしまう自分を反省しなきゃな、と思いました。
『Bavel』では、基本的なフレーバー — — 最初の80ページでスパイスブレンドやスープストック、シンプルなピクルス、ババガヌーシュやスクッグといった調味料に焦点が当てられている — — や個人的な物語を学ぶことで、中東料理のニュアンスがとらえられるようにしている。「トゥームを添えたターメリック・チキン」
「トゥーム」というのは、卵を使わないレバノンのマヨネーズ風ディップで、ニンニクがたっぷり使われているのがポイント。
唐揚げにマヨネーズが合うのと同じように、チキンには合うはず!
「牛ほほ肉のタジン」そして「牡蠣とマッシュルームのケバブ ラベージのピューレ添え」といった料理とともに、メナシェとガーギスの家族や幼少時代のエピソードや、レストランの経験が紹介されている。
その意味で『Bavel』は、個人的な感覚を織り交ぜた地域の入門書として機能するマイケル・ソロモノフとスティーヴン・クックの『Zahav』や、アディーナ・サスマンの『Sababa』といった現代中東料理のcookbookと大差はない。
マイケル・ソロモノフの『Zahav: A World of Israeli Cooking』は、2015年にジェームズ・ビアード賞のcookbookオブ・ザ・イヤーを受賞しているイスラエル料理のcookbookの名作。
そしてアディーナ・サスマンの『Sababa: Fresh, Sunny Flavors From My Israeli Kitchen: A Cookbook』も、イスラエルとアラブ諸国の壁を軽く乗り越えるcookbookとして、このククブクでもご紹介しています。
『Bavel』もこれらのcookbookの系譜だというわけ。
ちなみにcookbookの名前であり、レストランの名前である「バーヴェル」ですが、これはもちろん「バベルの塔」の「バベル」で、この塔が神の怒りを買って崩壊するときに、人類のことばが「分断」されるようになったのは有名な話。
分断された世界をふたたびひとつに戻すために塔を再建する。
そういう意味を込めてつけた店名なのかもしれませんね。
しかしこれら2冊のcookbookや『Bavel』が「個人的であること」によって、私たちと食との関係がいかにひとそれぞれであるのかがわかるのだ。
そして新たに建てる「シン・バベルの塔」の煉瓦のひとつひとつは、人間ひとりひとりの物語の積み重ねであって、自分を含む多くのひとたちが支え合ってバランスを保っていることを知ること、それこそがふたたび塔を崩されないために必要なことなのかもしれないですね。
家族のルーツがあるジョージア、トルコ、イスラエル、モロッコ、エジプト、そしてカリフォルニア。そこからの引用やフレーバーを有するバーヴェルのレシピの多くは、他ではなかなかお目にかかれないものばかりだ。もちろん、バーヴェルを除いては — — エリー・クルプニック
このほか、本書『Bavel』には「トマトとプラムのスーマック・ヴィネグレット」、
「エビのハリッサ焼きとズッキーニのツァジキ(ヨーグルトソース)」、
「ペルシャ風クワの実のプディングケーキ」など、国境を越える自由な発想の料理が80種類以上掲載されていますよ。
というわけで、全17回にわたってお伝えしてきました、Eater春のオススメcookbookはいかがだったでしょうか?
アメリカはワクチン接種がだいぶ進んでいることもあって、これからの食の生活にもずいぶん明るい兆しが見えている感じがしましたよね。
ずっと閉店や営業の縮小を余儀なくされていた全米のレストランも、少しずつ活力を取り戻していくのでしょう。
こうなってくると、秋のcookbook特集がますます楽しみです!