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分けることと共有することの違い

Eaterが選ぶ2021年春のオススメcookbook その15

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3月22日付けのフード情報サイト「Eater」に掲載された、春の新刊cookbookのレビューを読んでいってます。

前回のストーリーでは、みんな大好きイギリスの料理家 ナイジェラ・ローソンの新刊『Cook, Eat, Repeat: Ingredients, Recipes, and Stories』をご紹介しました。

料理中心主義で作家性を押し殺した料理本もたくさんあるなか、「声」を全面に押し出すことの功罪、そしてcookbookにおける「声」の出し方について学ぶことができる一冊でした。

さて本日は、巣ごもり生活中の家庭にもエーゲ海の風を吹かせてくれるcookbookをご紹介いたしますよ!

ヤスミン・カーン『Ripe Figs: Recipes and Stories from Turkey, Greece, and Cyprus』(W・W・ノートン&カンパニー、5月4日発売)

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評価が高いヤスミン・カーンのcookbook『Zaitoun』の、感動的で美しい続編『Ripe Figs』を読むと、澄みきった空、ターコイズブルーの海、そしてオリーヴのマリネや焦げたピタパン、レモンをかけた魚のグリルなどの「メゼ」でいっぱいになった食卓が思い浮かぶ。

本書はフード&トラベルライターのヤスミン・カーンによるcookbookの第3作。

最初のcookbook『The Saffron Tales: Recipes from the Persian Kitchen』は、「サフラン物語」というタイトルが表しているとおり、イラン料理を集めたcookbook。

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『The Saffron Tales: Recipes from the Persian Kitchen』より

そして第2作、2018年の『Zaitoun: Recipes and Stories from the Palestinian Kitchen』はパレスチナ料理のcookbookと、毎回テーマとなる国が異なっているんですね。

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『Zaitoun: Recipes and Stories from the Palestinian Kitchen』より

『Zaitoun』のほうはククブクでも2019年にご紹介しているので、併せてお読みくださいね。

パレスチナ情勢が不安定になっているいま、できるだけ多くのひとに読んでいただきたいストーリーです。

そしてまた、多様化する東地中海、とりわけ2015年に武力紛争によって故国を追われた何百万人もの難民がやってきたギリシャ、トルコ、そしてキプロスについても深く考えさせられる。

本書『Ripe Figs』はイランやパレスチナから北上し、ギリシャ、トルコ、キプロスの料理を扱っているんですが、 キプロスが北部がトルコ系、南部がギリシャ系に事実上分断状態にあることを知れば、どうしてこの3か国をいっしょに扱っているのかがお分かりになると思います。

『Ripe Figs: Recipes and Stories from the Eastern Mediterranean』より

『Ripe Figs』に載っているレシピは、カーンがそれぞれの国を訪れた旅や、彼女がこれまで出会い、食事をともにしてきた人びと(その多くは移民や難民)にインスパイアされたものだ。

ヤスミンが船と陸路を旅しながら集めてきたレシピは、オスマントルコ時代のクラシックから、現代の難民コミュニティーのものまで、およそ80種類に及びます。

これらの人びとや経験が本書の各章に散りばめられたエッセイのテーマとなっていて、各章は国ごとではなく料理の類型ごと — — 朝食、パンと穀物、メゼ、メイン料理、そしてデザート — — に構成されている。それは、東地中海を移民たちによって作られた国境のない地域とするカーンの描写を、際立たせるものになっている。

「トルコ料理」「ギリシャ料理」「キプロス料理」という分け方はしない。

それは、先に述べたように人間の手によってキプロス島の真ん中に引かれた事実上の国境(国連が定めたもので、「グリーンライン」と呼ばれています)と正反対の効果を持つものとして、この地域の一体性をcookbookにもたらしているんですね。

『Ripe Figs: Recipes and Stories from the Eastern Mediterranean』より

レシピの多くは家庭の料理人たちにも手が届くものであるが、東地中海料理になじみのないひとには「朝食」と「メゼ」の章から始めるのが良いと思う。「チュルブル(ヨーグルトと唐辛子バターをかけたポーチドエッグ)」、

「メネメン(スパイシーなトマトのスクランブル・エッグ)」、

「カルダモン・エッグ・トースト」、そして「スウィート・タヒニ・ロール」などのレシピはとてもわかりやすく、読者がこれらの地域で使われている食材の多くに慣れることを可能にしている。

『Ripe Figs: Recipes and Stories from the Eastern Mediterranean』より

そのほか「トマトとザアタルのサラダ」、「ズッキーニとフェタチーズのフリッター」、「カボチャとカルダモンのスープ」など、この地域がヨーロッパと中東の交易の中心地として同じ料理を共有してきたことが舌で理解できるレシピが満載です。

それはディルやオレガノ、シトラス類やザクロ、ナツメヤシなど各料理に使われている食材のバラエティーの豊かさからも明らかですね。

『Ripe Figs: Recipes and Stories from the Eastern Mediterranean』より

しかし、より高度な料理を作りたいというひと向けのレシピもあって、イスタンブールの教師メルダ・エルドアンの家でカーンが作り方を教わった「ペルデピラフ(チキンピラフをパン生地で包んだもの)」などがある。

ピラフを作って、それをパン生地で包むなんて、チキンポットパイぐらい手間がかかりそうな料理ですが、やはり結婚式などの特別な席で提供される料理のようですよ。

活動家や故郷を強制的に追われてきた移民など、これらの地域に住む人びとのレンズを通してレシピを厳選することによって、『Ripe Figs』は拡大し続ける危機を記録したものとして、読者を食卓に集結させ、国境のない世界というものを想像させてくれるのだ — — エズラ・エロル

ぼくたち日本人は海に囲まれているのでなかなか想像しづらい「国境」ですが、やはりそれは概念的な存在でしかないことを、ひとが食べるもので想像していけるのは素晴らしいことだと思います。

というわけで、本日はここまで。

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ライター、フォトグラファー。わかさいも本舗さんのウェブサイトのコピーなど。海外の料理本を紹介するサイト「ククブク」は現在お休み中。ロン・パジェットの詩を趣味で訳してます。プロフィール画像は有田カホさんに描いていただきました。