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シリア料理知りゃ愚かな行為は止めたくなる

Eaterが選ぶ2021年春のオススメcookbook その12

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3月22日付けのフード情報サイト「Eater」に掲載された、春の新刊cookbookのレビューを読んでいってます。

前回のストーリーでは、イスラム世界の料理をモザイク模様みたいに並べあげた、造本も美しい『The Arabesque Table: Contemporary Recipes from the Arab World』をご紹介しました。

個人的には、料理に限らず、ものづくりが宗教観によって大きく変化するということをまざまざと見せつけられるような書物だったように思います。

そして本日は、そのイスラム世界の料理をさらにズームアップし、現在も内戦が続いていていまだ終息が見えないシリアの料理のcookbookをご紹介いたします。

アナス・アタッシ『Sumac: Recipes and Stories from Syria』(インターリンク・パブリッシング、4月8日発売)

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スーマックはシリア料理には欠かせない深い赤色のスパイスで、アナス・アタッシが最初のcookbook『Sumac』でシリア料理の象徴として使っている食材だ。

スーマック、うちにもあります!

どのように使っているかというと、うちでは中東のミックススパイスである「ザアタル」を作って、トーストに載せて食べることがほとんど。

スーマック自体が酸味のある香辛料なので、ちょうどふりかけの「ゆかり」をかけて食べるみたいになります。

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アタッシはプロの料理人ではない。実際、本書に掲載されている80ちょっとのレシピは彼の母のもので、そのほとんども彼女がさらに彼女の母から受け継いだものだ。

本書『Sumac: Recipes and Stories from Syria』の著者アナス・アタッシは、シリア・ホムス生まれで現在はアムステルダムに住んでいる料理家。

記事本文にも書かれていますが、彼が強調するのは『Sumac』のレシピが自分のものではなく、母から、そしてそれは祖母から受け継いだものであるという部分。

レシピが自己顕示欲の産物ではなく、シリアの家庭にはどこにでもあるもの、普遍性を持ったものであることをいろんなインタヴューなどでも答えていて、人物的にも非常に好感が持てるんです。

時が経つにつれ、それらはアタッシの手によってちょっとずつ変化してきた。というのも、シリア国外を旅行したときや、現在のオランダの家では、正確な食材がいつも手に入るとは限らないからだ。

これは海外で料理をした経験があるひとなら、みんな感じたことがあるはず。

でもその不自由さのなかで新しいものが生まれるんですよね。

しかしそれらが一体になった本書は、家庭の料理家にとってちゃんとしたシリア料理入門書となっている。

『Sumac: Recipes and stories from Syria』より

本書はパントリーに何が必要かというガイドから始まる。当然スーマックもあるのだが、他にアレッポトウガラシ、乾燥ミント、ザクロのモラセス、ローズウォーター、タヒニ、そしてザアタルも書かれている。

シリア食材の代表といえば、アレッポトウガラシ。

油分が比較的多くて辛さがそれほどでもない、どちらかというとドライトマト的なトウガラシなのですが、その名前の元となっているアレッポが、現在は見る影もなく廃墟となっていることはみなさんご存知のとおりです。

その後、これまでの中東料理のcookbookにはなかったような章が続いていく。「朝食」「メゼ」「ストリートフード」「肉料理」、そして甘い甘い「デザート」。

『Sumac: Recipes and stories from Syria』より

メゼというのは中東料理でよく出てくるた〜っぷりの前菜で、スペイン料理のタパスのようにお酒といっしょに楽しむのが一般的です。

ラブネ、キッベ、ラムのケバブ、バクラヴァといった定番の料理がたくさんあるいっぽうで、ヤランジ、キッベハムード、そしてアサフィリといった合衆国読者にはなじみのない料理も載っている。

「ヤランジ」は、ブドウの葉でコメや野菜を巻いて煮込んだ、レモンの酸味のある料理。

「キッベハムード」は、挽き割り小麦の「ブルグル」のなかにひき肉を詰めた「キッベ」を、揚げるんじゃなくてトマトソースで煮込んだもの。

そして「アサフィリ」は、ローズやオレンジが香るクリームを詰めたワッフルのようなデザートです。

場所が近接しているだけあって、シチリア島の「カンノーリ」にそっくりですね。

このほか「鶏肉のシシカバブ」「ファラフェル」「サヤディヤ(飴色タマネギと魚のピラフ)」「ファトゥーシュ(中東のグリーンサラダ)」などのレシピが載っていますが、これらはグッド・フードのウェブサイトにレシピが載っていましたので、参考にしてみてくださいね。

レシピの合間にはアタッシの家族のスナップショットや、「ヒューマンズ・オブ・ダマスカス」の写真家ラニア・カタフによる風景写真、ホムスにあるアタッシの祖母の庭で食べる週末の朝食のストーリー、この数年のラマダーン、真夏のバーベキュー、そしてアムステルダムでのアタッシの生活などが散りばめられている。

アナスのインスタグラムアカウントに、8年前のラマダーンの食卓を撮った写真が投稿されていました。

夜になったらこれだけたっぷりと食事するわけですから、よく「ラマダーンが明けたら太った」なんて言われるのも納得ですね。

これらの物語は、戦争によって追い出され、世界中に離散してしまう前の多くのシリア人の生活を描いている。『Sumac』を通じてアタッシは、国境地帯で紛争が続くシリアの「ポジティヴなイメージ」を読者に教えたいと望んでいる。「この本で」と彼は序文に書いている。「私は食べ物を共通項にして、シリア文化とそれ以外の世界の国々の文化に橋を渡したいのです」 — — エズラ・エロル

これほどまでに豊かな料理文化があったこと。

そして現在それは失われつつあり、この事態を食い止めるためには圧倒的な世界の関心が必要であること。

声高に述べているわけではないですが、この『Sumac』からはその強い想いが伝わってきます。

『Sumac: Recipes and stories from Syria』より

そして現在ミャンマーも同じような状況にあることを考えると、今後ミャンマー料理のcookbookが業界を席巻するようなことも、残念ながら想像に難くありませんね。

というわけで、本日はここまで。

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ライター、フォトグラファー。わかさいも本舗さんのウェブサイトのコピーなど。海外の料理本を紹介するサイト「ククブク」は現在お休み中。ロン・パジェットの詩を趣味で訳してます。プロフィール画像は有田カホさんに描いていただきました。